ドラのいつどこでも ドラマ思想展開の裏通り

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悲壮美と死相美 忠臣蔵の浅野内匠頭

 

前回の阪東妻三郎の記事で悲壮美のはずが死相美と書いてしまっていたので修正しました。

 

 

 

死相(しそう)という言葉は現代でも稀に聞く言葉ですが、悲壮美(ひそうび)は今はあまり使わなくなってしまった言葉です。散る美学を表現した映画作品でした。悲しい人生を描く作品でもあり、文学的な一面も存在しています。

 

テレビドラマでも部分的に描かれている作品があります。ですが、テレビ時代劇は娯楽作が多いため、映画のように悲壮美を純粋に貫いた作品は少なめです。忠臣蔵の関連のテレビドラマでは描かれる場合があります。浅野内匠頭や他の志し半ばで死に行く赤穂浪士候補で部分的に描かれる場合もあります。

 

前回にも少し取り上げた阪東妻三郎長谷川一夫だけではなく、片岡千恵蔵浅野内匠頭の当たり役を主役とした忠臣蔵映画の本伝や関連作(外伝)でも、悲壮美の主役として描かれている作品も存在しています。
 
 
片岡千恵蔵浅野内匠頭=総集編や改修作含めて歴代最多の通算11度、23年間(1930~1953年)で演じています。1930「元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻」から1953「初祝二刀流(高田馬場前後)」までです。
 
 
また、市川右太衛門の戦前の作品にも阪東妻三郎悲壮美映画の影響を受けたと考えられる作品の履歴がいくつか残されています。しかし、映画はほとんどが現存していません。