ドラのいつどこでも ドラマ思想展開の裏通り

「ドラのいつどこでも ドラマ思想展開」の裏話を中心に記事を書いていこうと考えています。出来るだけ深い探求に迫れたらウレシイです。

2大ドラマスター倉丘伸太郎の波乱の芸能人生と松山容子の女○○の正体

 

 

ドラのいつどこでも ドラマ思想展開 ドラマスター松山容子の○もの正体 幻のテレビドラマの霧に埋もれた姫君を公開しました。

 

 

 

上記のリンク先の表通りでは松山容子を中心に取上げてきましたが、裏通りは倉丘伸太郎に”2大ドラマスター倉丘伸太郎の波乱の芸能人生と松山容子の女○○の正体”と題して、関しても迫れたらと思います。

 

 

1960年代を代表するテレビドラマのスターが倉丘伸太郎と松山容子でした。

 

 

 

 

倉丘伸太郎と映画の主演320作を越す大先輩のつながりと飛躍

 

 


倉丘伸太郎はテレビドラマで1960年代を全盛期に活躍した俳優でした。1970年代に入るとピークを越したことからまだ若いながらも助演俳優になってしまいます。倉丘伸太郎は映画出演350作、主演325作を越す超大俳優の片岡千恵蔵に可愛がられた後輩の1人だったといわれています。

 

その証拠の一つとして1959年に東映ニューフェイスの第6期生に合格して、時代劇方向を選択し、映画では残念ながら活躍はできませんでしたが、片岡千恵蔵のヒットシリーズの一つ「遠山の金さんシリーズ」の『御存じ いれずみ判官』(1960)へ助演、大きな活躍がないまま、1963年にテレビドラマへ転向し、主役の座を掴みました。

 

その後、1963年版の『姿三四郎』、『続 柔』などのいくつかの主演の代表作に恵まれました。

 

 

片岡千恵蔵といえばテレビドラマの助演の代表作は「大岡越前」の父・大岡忠敬ですが、代表的なテレビ時代劇の主演作『軍兵衛目安箱』(1971)で、倉丘伸太郎は助演の部下の同心役の一人を演じ、レギュラー出演していました。他の里見浩太朗などの俳優と同様に片岡千恵蔵から可愛がられた部分もテレビドラマの活躍につながっていたことでしょう

 

 

姿三四郎 [Blu-ray]

 

藤田進の主演の代表作の映画版『姿三四郎』(黒澤明)、残念ながら倉丘伸太郎が主演した『姿三四郎』は現在の時点では視聴が叶わないため、藤田進の映画版『姿三四郎』を視聴して思い描くことが求められてしまう点は残念な限りです。

 

 

 

 

 

倉丘伸太郎の映画時代とピーク後のゲスト俳優時代の苦悩と引退の決意

 

 

 

倉丘伸太郎は『御存じ いれずみ判官』(1960)の出演の前に大友柳太朗の代表作シリーズ『右門捕物帖 地獄の風車』や「次郎長血笑記シリーズ」の『次郎長血笑記 殴り込み道中』に役名のある脇役で出演したのが最初の映画でした。

 

テレビドラマ「必殺シリーズ」の形成にも貢献した工藤栄一の映画の出世作と言われる「次郎長血笑記シリーズ」(主演は黒川弥太郎)に役名がある脇役で3作に出演した倉丘伸太郎は『姿三四郎』、『続 柔』などのヒット作に出演してようやく映画の主演作に恵まれました。

 

4作が制作された「次郎長血笑記シリーズ」は、戦前からの時代スター黒川弥太郎の最後の主演映画でした。

 

テレビドラマでヒットした柔道題材『姿三四郎』、『続 柔』のテレビドラマを制作した日本電波映画株式会社(訳して日本電映)の映画作品でしたが、東映時代に脇役時代を経験していることから感激や喜びは一塩だったことでしょう。

 

 

倉丘伸太郎の映画主演2作

1965『明治の風雪 柔旋風』  日本電映  配給=松竹
1965『続・柔旋風 四天王誕生』  日本電映 配給=松竹

 

 


倉丘伸太郎の映画主演は2作のみでしたが、その後はテレビドラマのゲスト俳優としていくつかのヒット作に出演しました。1970年代の苦悩時に倉岡伸太朗に改名し、再びの飛躍を求めましたが、困難を極めました。高橋英樹の代表作『桃太郎侍』に何度か出演していましたが、出演数は当時のゲスト俳優に比べると数が少なく、本人は1960年代の全盛期とその後の低迷期との落差に悩んでいたのでしょう。

 

引退作は菅原文太主演の時代劇映画『炎のごとく』(1981)でした。

 

 

 

 

映画パンフレット 「炎のごとく」監督 加藤泰 出演 菅原文太

加藤泰の晩年の監督作の『炎のごとく』、出番が極力絞られた脇役でも出演でしたが、倉丘伸太郎の最期の演技を探してみるのも面白いかもしれません。

 

 

 

 

松山容子の活躍に隠された功績の影

 

 

女優が当時のテレビ時代劇でこれだけ数多くの作品に主演して活躍することは非常に大きなことであり、同時にまれでした。特にテレビ時代劇先駆者といっても良い活躍ぶりでした。

 

松山容子が活躍した1960年代の映画は吉永小百合(日活)、藤純子東映)、若尾文子大映)、岩下志麻(松竹)、岡田茉莉子(松竹)、司葉子東宝)など最大の全盛期でした。

 


松山容子の主演のテレビ時代劇の『琴姫七変化』、『月姫峠』、『霧姫さま』、『旅がらすくれないお仙』、『めくらのお市(テレビドラマ版』にはある共通点が存在しています。それは刀、剣です。

 

 

 

松山容子が残した実積 女剣戟への挑戦

 

 

松山容子が残した実積の一つは代表作だけではなく、女剣戟に挑戦したことも挙げられるでしょう。めくらのお市は剣戟を行うアウトローという面では女版の「丹下左膳」や「座頭市」ともいえる部分もありましたが、盲目という点では「座頭市」に近いといえるでしょう。

 

女優が刀を使い男たちと対する姿に成功した女優はテレビドラマの歴史の中では他にはほとんどいませんでした。映画では戦前の伝説的な大女優の柳さく子、戦後の美空ひばりも女剣戟に挑戦して大きな成功を収めたといえますが、テレビドラマでは松山容子のみといえる部分があり、異例の存在だったといえるでしょう。

 

 

旅がらすくれないお仙 伜と呼びたい [DVD]

旅がらすくれないお仙 伜と呼びたい [DVD]

 

1968年に放映された『旅がらすくれないお仙』の唯一している第5話「伜と呼びたい」をソフト化した貴重な作品。小太刀の使い手(松山容子)のお仙とスリのお銀(大信田礼子)の珍道中は女版の「月影兵庫」を連想させます。監督は東映の映画やドラマで活した河野寿一でした。

 

 

 

 映画の姉妹フログの裏記事

NHKの『日本人が最も愛した男・石原裕次郎』過剰な煽り番組は問題だらけ - 映画道を極める一直線女子の裏話某刑事ドラマの話も登場

 

 映画の表記事

映画道を極める一直線女子 【ハリウッド不可能】石原裕次郎と大河内傳次郎と片岡千恵蔵 時代超越 日活3大激突